元証券マンからママになるまでの新宿2丁目

特殊案件11−5 3

 
世界的なゲイタウンとして新宿2丁目には数百件のゲイバーがある。
そのなかでも、30年間にわたりこの2丁目と歩んできた元証券マンの話は「私たちは何を学べるだろうか。。。」といったものだ!
 
新宿2丁目では常に新しい店ができては消えていく。
しかし元証券マンのお店は30年近くたっており最も古いお店の1つだそうだ。
そのママはいつか自分のお店を持ちたいといった思いがあって毎月10万円ずつ貯めていたそうです。
 
実際にお店をするきっかけとなった出来事がありこのチャンスをのがしてはいけないとこの業界に飛び込んだのだが、そのときの周りの反応といったらすごかったそうで、バブル真っ最中の証券マンは2ヶ月に3回の給料があったそうです。
これやばくないですか?給料って1ヶ月に1回もらえるのが普通の会社員というものですよね。それが1回多いのですから異常です。
そして、やめると上司に話したところ、次にできるお店の支店長にしてやるから辞めるなと引き止められたそうです。
当然周りからも今証券マンをやめるのはどうかしてるとたくさんの人から言われたそうです。
 
しかし、お店を出したい思いが変わることなくやってきたと聞いたときに思ったことがある。
だからここまでお店をたたむことなくやってこれているのだと。
ほかのお店は閉まっていく中で30年という長い期間やってくるにはいろんな出来事があったと思います。
バブルがはじけてしまったときは周りで自殺をしてしまうママもいたそうです。
これだけの強い思いがなければやっていくことなどできないとも思いますがこれからも変わることのない気持ちをもって周りのゲイと接していただきたいものです。
 
それでは、じゃぁ〜にぃ〜 

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